AI研究者「皆さんは人工知能という言葉に怯え過ぎ」

荒井秀一東京都市大学教授の語る人工知能

アルファ碁が人間に勝った、AIの普及で仕事が失われていく、……毎日目にするAIのニュース記事に誰もが期待と不安を覚えている。私たちの生活や社会を大きく変革させるかもしれないAIについて、ネットで検索しても専門的な話や断片的な報道ばかり。そこで、超文系・AI知識ゼロの記者がAI研究者に「AIとは何ぞや」を訊ねた。

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私たちはAIを全知全能と思っていないだろうか (c)fotolia

アルファ碁が人間に勝った、AIの普及で仕事が失われていく、……毎日目にするAIのニュース記事に誰もが期待と不安を覚えている。私たちの生活や社会を大きく変革させるかもしれないAIについて、ネットで検索しても専門的な話や断片的な報道ばかり。そこで、超文系・AI知識ゼロの記者がAI研究者に「AIとは何ぞや」を訊ねた。

「AIという訳は素晴らしすぎた」

人工知能って何なんですか?

このプリミティブな疑問に応えてくれたのが、東京都市大学知識工学部の荒井秀一教授。 主に音声、画像や文章の知的情報処理を専門的に研究している先生だ。

荒井先生:英語では「Artificial Intelligence」。これを「人工知能」としたのはすばらしい訳ですが、その訳がすばらしすぎて、少しかけ離れたイメージができあがっているように思いますね。

──『ターミネーター』とか『エクス・マキナ』などに出てくるようなアンドロイド、あるいは人間のような形をしていなくても『スターウォーズ』などに出てくるドロイド、こういった人間と同じかそれ以上の高度な知能を有した機械を想像してしまうのですが。

荒井先生:そもそも「Artificial Intelligence」の「artificial=人工的な」とは、「人間を真似た」といった意味です。悪くいえば「ニセモノ」。また「intelligence」は「知能ではなく知性」。

要するに、人間を真似て作られたまがいものの知性、といったような意味。けっして「知的能力」ではないんです。

今は人工的に作られた知的なものは全部AIって呼んでしまっている。だから大変なことになってしまっていますね。ルンバみたいな掃除機もAI、アルファ碁もAI、サウジアラビアで開発された人型ロボット「ソフィア」もAI。人間っぽく見えるまがい物はみんな「人工知能」と呼ぶものだから、そこに知能があるんじゃないかとみんな誤解してしまっているんです。

第3次AIブームのキーワード「ディープラーニング」って何?

──でも現実に、家電からロボットまで、みんな賢くなってきていますよね。自分で状況を判断して最適に動くようになっていますし……

荒井先生:それこそ機械が自分で学習し、判断して動くのが今のAIなんですよ。AIブームが3回目だと知っていましたか?

──はい。ネットで調べました。

第1次ブームが1950年代。第2次世界大戦中にドイツの暗号エニグマを解読したアラン・チューリングが、機械が知性を持っているかどうかを判定するチューリング・テストを発表した頃ですよね。多くのエンジニアや経済学者などがAIの姿について議論を交わし、「Artificial Intelligence」という言葉が生まれたのもその頃だったとか。

第2次ブームは1980年代。専門家の知識や技術のデータをコンピュータに入れてコンピュータが判断する「エキスパートシステム」が開発されたんですよね。しかしあらゆる知識を言語の形でコンピュータに入れるのは大変で、人間はどうやって知識を蓄えて判断しているのかということが問題になり、その領域の研究も発展していった、と知りました。

荒井先生:はい、大まかにはそんな感じです。僕は1980年代からAIを研究してきたので、AIの冬の時代も経験しています。第2次ブームも終わり、でもきっとまたブームが再来するはずだと思いながら、僕たちAI研究者は細々と研究していたんですが、2006年頃、ブレイクスルーが起きたんです。

──ブレイクスルー、つまり今まで限界となっていた壁が取っ払われて、飛躍的に進化する事象が起きたということですか? それは何がきっかけで?

荒井先生:それが「機械学習」、とくに「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれるものです。

それまでは、たとえば画像認識で本やリンゴを識別させるなら、人が条件を与えてきたんです。たとえば本なら、四角くてヒラヒラめくれるもの、だとか、リンゴなら、赤くて丸いもの、だとか。

ところが「機械学習」はたくさんのデータとともにリンゴのたとえば画像をポンと与えて、リンゴがリンゴたりうる条件を機械に学ばせるんです。その機械学習のひとつが「ディープラーニング」です。

人間の脳はものすごく複雑な動作を一瞬でやっていますが、それはニューロンと呼ばれる神経細胞がものすごいスピードで情報のやりとりをしているからです。

そうしたニューロンのネットワークのような「ニューラルネットワーク=神経回路網)」をプログラムで作り、それを深く多層展開(3層以上)させたものを使って行う学習が「ディープラーニング」です。

有名なのが、2012年にグーグルが発表した猫を認識できるAIですね。猫の特徴を教えられなくても、機械が自分で猫の特徴を学んで分析し、猫というものを定義づけしたんです。

AIは人間を真似たもの。だから間違う

──AIが行うのは分析だけなのですか?

荒井先生:今は推論までが可能です。たとえば、ビールの売り上げについての大量のデータを与えると、第2次AIの時は「こういう状況だとビールがたくさん売れますよ」という分析はできても、そこから先は人間が戦略を考えていました。

しかし今は「この時期にこれぐらい出荷すればこれぐらい売れるでしょう」といった予測までできるようになっています。こうしたビッグデータを深く分析して将来予測まで行うことをデータマイニングといいます。

──その根底にある学問分野は? やはり数学は必須なのですよね。

荒井先生:データマイニングもディープラーニングも、統計学での手法の中から生まれたもので、数学の分野です。つまり、AIのそれぞれの理論は数学で組まれています。AI研究者はそれらの理論を組み合わせ、足りない部分を付け加えたりしてAIのアルゴリズムを作っていきます。

──AIは人間の脳にどこまで近づいていくのでしょう。AIが人間の知能を凌駕するシンギュラリティ(技術的特異点)が、2045年までに起こるとされていますが……

荒井先生:AIは大量のデータを必要とします。でも、現実に世の中には、ビッグデータというものがそんなにあるわけではないんですよ。でもたくさんデータがないと、最適な推論が導き出せない。なので今流行っているのが、AIに大量のデータを自動生成させて学ばせようというものです。

でも、人間はそんな学び方はしていないですよね。どんな小さな子供でも、10万回見て初めてこれは猫、これはリモコンと判別できる、といった学び方はしていません。人間は生活の中の少ない事例から想像力を働かせて学んでいるはずです。

今後はAIも少ない事例から学べるようにならないといけないでしょう。そこには、人間の子供が学ぶ時にうっかりおかすような間違いも生まれます。もちろんそのうち間違えなくなってくるし、そのスピードは人間が間違いから学ぶよりはるかに速いです。

AIと従来のコンピュータプログラムの決定的な違いは、この間違いをおかすかどうか、なんです。コンピュータプログラムは与えられた条件下での計算は間違えない。しかしAIは人間が作ったデータをもとに自分で学んでいきますから、間違えるんです。

でも機械は間違えてはならないという概念が、人間の頭のどこかにあるんですね。思うに一般の人がAIに全知全能的なものを感じるのは、そのためかもしれません。絶対に間違えないものが高度な知能を持っている、というような。

しかし今のAIは人間の脳を真似て作られているので、人間っぽいし、間違えるんです。また、自分で考えるのでフローチャートは存在しませんから、どのように考えてそうした解を導き出したのか、というところまではわかりません。

シンギュラリティが起こるまで進化していくのかどうか……このデータの問題と、人間の脳までまだまだ達していないと思うので、そんなにたやすく起こるかな、といささか懐疑的に思っています。

AIが家庭に入ってきたとき、起こること

──荒井先生の研究テーマは何ですか?

荒井先生:僕が研究しているのは言葉です。これから家の中にAIが入り込んでくると思うんですね。

先月、音声操作サービス「Amazon Alexa(アマゾン・アレクサ)」を搭載した「Amazon Echo(アマゾン・エコ)」が日本でも発売になりましたが、いずれそうしたAIが家庭の中に入ってくるでしょう。でも今、Alexaに話しかけるときは、きちんとした誰でも知っている言葉で話しかけないといけないんです。

しかし実際は、家の中では誰もそんな言葉で話してないでしょう?「トラのエサは?」と誰かが言ったら、日本人なら「この家にはトラという猫がいて、そろそろ餌の時間だからやったかやらないか、あるいは餌の置き場所を尋ねているのかな?」とわかるし、もし「ポチのエサは?」だったら犬だとわかりますが、AIにはわからない。実際の毎日の生活というのは、そうしたローカルなコミュニケーションで成り立っているんです。

家庭に入ってくるときには、AIがそうしたローカルな言葉の障壁を乗り越えないと、なかなか使いこなせるものにならない。そうしたカスタマイズした状況に対応できるようにするにはどうしたらいいか、どのようにして言葉の概念を学習させていけるか、これが研究テーマですね。

超高齢社会の日本では、今みたいな社会福祉が維持できなくなって、自分の代わりにいろいろやってくれる人がいないと困る事態になると思うんですよ。その時AIやAI搭載のロボットは絶対に必要になってくると思います。その使い勝手をよくしたいなと思っています。

──最後に。もし30歳くらいの人が「AIって面白いからぜひ学ぼう」と決意したら学べますか?

荒井先生:うーん……。AI研究に必要なのは数学、とくに確率統計と代数学ですが、論理的思考能力が花開くのは10代~20代半ばなんですね。論理的思考能力をつかさどる場所は大脳でも最後に完成する場所で、それ以降は伸びないんです。

──残念。ということは今の高校生・大学生にがんばってもらわないといけませんね。

荒井先生:そうなんですよ。高校生・大学生にしっかり数学を勉強させて論理的思考力を磨いてもらわないと、日本はこの分野で確実に後れをとります。しかしそれには教員の数が足りないんです。

AIがたくさんのデータから学ぶように、学生が論理的な思考力を獲得するためには最適なデータと理論を集めることが大切です。でも学生だけでは偏ったデータと理論で思考してしまうんです。そのフォローをするのが教員なんですが、そこがアメリカに比べて圧倒的に数が足りなくてフォローしきれない。そういう問題もある、ということを一言付け加えたいと思います。

──ようやくAIが少しわかった気がします。本当にありがとうございました。

荒井秀一
あらい・しゅういち 東京都市大学知識工学部教授。 昭和36年神奈川生まれ 慶応義塾大学工学部電気工学科卒業、同大学大学院理工学研究科電気工学専攻博士課程修了。千葉工業大学工学部助教授を経て現在に至る。研究テーマは知識情報処理、メディア認識理解、認知科学。2017年ポーランド、カナダにおいて、IEEE国際会議でディープラーニング研究成果を発表。趣味はアウトリガーカヌー。

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