本当は怖い日本の宗教。伊勢参りから宮沢賢治まで

宗教はなぜ戦うのか 戦争と自死をめぐる宗教学入門@早稲田大学エクステンションセンター

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「伊勢神宮があらゆる神社の頂点として祭り上げられるようになったのは、まさにこのころ。伊勢神宮は『お伊勢参り』などに代表されるように、古くから日本人の間では参拝の対象ではありました。ただ、実は伊勢神宮の内宮と外宮の間にはたくさんの遊興町、つまり遊郭があり、『参拝』と同時に『観光』『遊び』の要素も強かったんです。また、天照大神の性別も、いまでこそ『女神』として位置づけられていますが、当時は男神と考えられていたりと、かなり定義もあいまいなものでした」

宮沢賢治も傾倒した新興宗教

国家神道による国民の一体感を盛り上げるのに、さらに一役買うのが、「戦争」だ。

「日清戦争に始まり、この時期日本は海外との戦争が増えていきます。いまでこそ、戦争は多くの人命を奪う悲惨なものだと認識されていますが、当時の国民にとって戦争は『お金になるもの』という認識もありました。実際、軍人恩給が出たり、好景気になっていたりしたため、国民の間でも『戦争は良いものである』『戦争は生活を楽にするものである』という風潮が無いとは言えませんでした。でも、戦争をするためには、国家が一丸となる必要がある。そこで、国民の間でも、個人に重きを置くのではなく、『国家第一』とする思想がどんどん高まっていくのです」

そして、盛り上がりを見せた国家神道は、一般市民主導の新興宗教へも影響をあたえていくことに。こうした新興宗教に傾倒する人々のなかには、日本を代表する童話作家として有名な宮沢賢治の姿もあったという。

「宮沢賢治は、法華経と国家主義が合体して生まれた国柱会という新興宗教の熱心な会員でした。一説によると、国柱会の幹部に、『君は童話を通じて、世の中に仏の心を知らしめなさい』と勧められたからこそ、あのような童話を生み出すことができたのではないか……と言われています。実際、宮沢賢治は自らの作品を「法華文学」と呼んだり、知人に送った手紙のなかに「これからの宗教は芸術です。これからの芸術は宗教です」と綴ったりすることもあったという。このように彼は非常に熱心な信者で、死の床でも曼荼羅を手元に置き続けていましたが、その反面、他の会員とはどうしてもなじめず、友人は一人もできませんでした。この事実は、賢治の内面を考えるうえでとても重要です」

宮沢賢治の残した数々の作品が、いまだ愛され続ける理由のひとつが、『雨ニモマケズ』に代表されるような、慈悲深く、無欲な自己犠牲ぶりだが、その根底には、国家主義に基づく新興宗教に対し、複雑に揺れ動く思いが流れていたのだ。

〔今日の名言〕 「すべての宗教に戦いの論理はある。戦争を起こす上で、為政者にとって宗教が一番かつぎやすい対象になる」
〔受講生の今日イチ〕「天照大神が昔は男神だと考えられていたなんて、知らなかった!」
〔大学のココイチ〕八丁堀校は、下町では有名な旧・京華小学校。1999年に放映された「マナカナ」こと、三倉茉奈と三倉佳奈が出演したドラマ「双子探偵」のロケ地でもある。

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取材講座データ
宗教はなぜ戦うのか 戦争と自死をめぐる宗教学入門< >早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校 2016年度秋期

2016年12月15日取材

文/藤村はるな 写真/Adobe Stock

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