児童虐待研究者が語る、虐待が子供の脳に及ぼす深刻な影響とは

虐待から子どもを守る!

東京都目黒区で5才の女の子が父親から殴られた後に死亡した事件が大きく報道されている。こうした虐待は、たとえ死に至らなくても子どもたちに大きな影響を与えるという。児童虐待を専門に研究・調査している明治大学の加藤尚子先生は語る。

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児童虐待の問題に取り組んでいる加藤尚子明治大学准教授

東京都目黒区で5才の女の子が父親から殴られた後に死亡した事件が大きく報道されている。こうした虐待は、たとえ死に至らなくても子どもたちに大きな影響を与えるという。児童虐待を専門に研究・調査している明治大学の加藤尚子先生は語る。

記憶をつかさどる海馬の発達に大きな影響が

「赤ちゃんの頃の虐待は記憶が残らないから大丈夫、と、もし考えていたとしたら、大きな間違いです」と明治大学准教授の加藤先生。加藤先生は子育てに関わる心理学を専門とし、児童養護施設などで虐待を受けた子どものケアや地域の子育て支援にも関わってきた。

「虐待を受けて傷めつけられるのは、体だけではないんですね。脳までも、成長に応じて育たなければいけない部分が育たなくなります。3才くらいまでは、脳が爆発的に成長する大切な時期。その時期の虐待は、子どもの将来にとても大きな影響を与えてしまうのです」(加藤先生。以下「」内同)

加藤先生によれば、虐待を受けることで脳から出るストレスホルモンが脳の発育を遅らせるという。まず影響を受けるのが、脳の中で記憶をつかさどる領域である “海馬(かいば)” だ。

3才、4才頃に虐待を受けると、“海馬” の発達が遅れるということがわかっています。虐待を受けていない子にくらべて海馬が小さい傾向があるんですね。また、海馬 のそばに “扁桃体(へんとうたい)” という情動をつかさどる場所があるのですが、虐待を受けると、扁桃体が興奮しやすくなり、感情のコントロールが難しくなってきます

扁桃体は、一般的には不安やストレスを感じる部位として知られている。そこが過剰に反応することで、我慢がきかなくなったり、ささいなことでキレやすくなったりするのだという。

虐待が脳に影響を与えるのは幼児期だけではない。9才、10才頃の虐待は、情報を統合する “脳梁(のうりょう)” へ影響を与え、将来の境界性人格障害につながるケースもあると指摘されているという。

愛情を受けると、背が伸び体重も増える

こうした虐待の与える影響をぜひ多くの人に理解してもらいたいと、加藤先生は昨年、『虐待から子どもを守る!~教師・保育者が必ず知っておきたいこと』(小学館)を刊行した。

児童虐待の報道では、そんなに体重が少なかったの?と驚くことも多い。食物が与えられていなかったというケースではもちろんだが、愛情不足でも身体の成長が滞るという。

小さい頃にネグレクト(食べ物を与えない、面倒を見ないなどの育児放棄)を受けていた子どもたちは、身長や体重などが増えずに止まってしまうこともあります。親に優しく抱きしめられるといったスキンシップや、目と目で見つめ合うといった愛情あふれるコミュニケーションを十分に受けてこないと、成長ホルモンの分泌が抑制されるんです。

そのような子どもたちが保護されて、大人から愛情をかけられるようになると、身長や体重が一気に伸びるといったことも、現場ではよく経験することです。それほど愛情というのは子どもにとって大切なものなのです」

年間70~120名の子どもが命を奪われていく

児童相談所が対応した児童虐待件数は増加傾向にある。この背景には、虐待そのものが増えているというより、児童虐待の通報がしやすくなったことがあるという。

周囲からの通報もしやすくなったにもかかわらず、今なお、虐待で死んでいく子どもたちは減らない。毎年、40~60名前後が虐待によって命を落とし、心中を含めると70~120名の子どもたちが命を奪われていく。

誰もが未完成のまま“親”になり、子育てをしながら本当の“親”へと成長していく。加藤先生は、親を責めることは無意味であり、現代の親が置かれた環境が子育てしにくいものになっていると語る。

虐待をする側の親も苦しんでいる。虐待を行なう親を救うことが子どもを救うことになり、そして、子どもを救うことが、親をも救うことになるのだ。

◆取材・文/まなナビ編集室 写真/横田紋子(小学館)

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