元航空自衛官、女子大で平和教育と男女平等の洗礼を受ける

航空自衛隊でペトリオット・ミサイルの運用を担当していた元航空自衛官、高橋健二さん(69才)は、2008年、清泉女子大学大学院の科目等履修生となった。そこで待っていたのは今までと真逆の価値観の洪水だった。学び続けることを決意した元自衛官の9年間、その2回目(前の記事「ペトリオットミサイル運用の元航空自衛官なぜ女子大入学」)。

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清泉女子大学本館はジョサイア・コンドル設計による元島津公爵邸で
東京都指定有形文化財に指定されている。

航空自衛隊でペトリオット・ミサイルの運用を担当していた元航空自衛官、高橋健二さん(69才)は、2008年、清泉女子大学大学院の科目等履修生となった。そこで待っていたのは今までと真逆の価値観の洪水だった。学び続けることを決意した元自衛官の9年間、その2回目(前の記事「ペトリオットミサイル運用の元航空自衛官なぜ女子大入学」)。

自衛隊と大学は180度違っていた

自衛隊と聞くと、上下関係や規律の厳しい、過ごしにくい組織だと思うかもしれないが、航空自衛隊に33年間勤務した高橋健二さんによれば、案外過ごしやすい組織だという。

「自衛官、とくに航空自衛官は転勤が多く、少なくとも2年に1回は転勤しますから、ちょっと合わない上司や同僚がいても、1年2年我慢すれば互いに異動するのでやり過ごせるのです。その点は、上司と部下の関係がずっと続く民間企業より楽かもしれません。

また、幹部の多くが防衛大学校出身ですから、良くも悪くも似ているのです。皆、国を守るという同じ目的のために勤務していますし、同じ訓練を受けてきている。同じ考えの人間が集まっている場所、それが自衛隊。だから気心が知れてるんですね。

航空自衛隊という狭い世界の中で、皆、同じ方向を向いていますから、だいたいこういうことを考えているんだろうなと周囲の人の考えもわかります。結構好きなことも言い合えるし、理解し合える。 要するに生き方といったものが似てるんですね。

だから大学に入って驚きました。全然違うんですよ、防衛大学校や自衛隊と。180度違います。 何といっても多種多様な人がいる。しかも皆、考え方が違う。学生さんも教える先生も皆、個性があるんです。 60歳にしてなんて違う世界に入ったんだ、思いました。もちろん自衛隊から民間に移った時もガラッと変わりましたが、やはり大学は違います。 非常に精神的に自由だなと感じました」(高橋さん。以下「 」内同)

武力ではなく対話と交渉の平和学

「平和学」の授業では、松井ケティ教授に平和的な解決について学んできたという。

「自衛隊でも国際法や平和学についても学びますが、我々の平和学は軍事学が基本となります。しかし、ここで学んだ平和学は180度視点が違いました。キリスト教的な考え方というか、暴力とか武力で紛争を解決しないというのが前提なんです。

我々の世界では『最後は力だ』という考えがありますからね、もちろん平和的な解決を目指すけれども、どうしようもなくなったら最後は武力だ、という考え方です。武器という抑止力を使っていかに戦争を起こさせないようにするか、そのためにアメリカなどの周辺国や国際連合とどう協同するのか、そうしたことを防衛大学校や自衛隊で学んできたのです。

しかしここでは、武力ではなく対話と交渉。平和の求め方には我々みたいな方法もあるけれども、こうした一人一人の個の問題で解決していこうというアプローチもあることを学びました。

もちろん、武力をまったく用いないことが現実的に可能なのかと今でも懐疑的に思うことはあります。考え方はとても尊いし、そうあるべきだと思うけれども、現実には難しい問題があるだろうと。しかし、そうした別の解決策に触れることができたというのはとても勉強になりました。

そして面白いことに、平和教育を学んで夫婦喧嘩が減りました」

相手の立場を考えること

なぜ平和教育が夫婦喧嘩と関係してくるのか? そう尋ねると高橋さんは、「相手の立場を考える大切さを学んだんです」。

「じつは今までは、女房に対して『何言ってんだ、黙ってついてこい』といったような力で押さえつけるところがあったんです。ところが、相手の立場を考えて対話と交渉で平和的な解決をする平和学ですから、何が何でも自分の意思を押し通す、といったことが減り、話し合いをするようになったんです。

また、もう一つの科目「開発とジェンダー」で藤掛洋子先生(当時。現在は横浜国立大学教授)に教わる中で、男と女どっちが上だとか下とかそういう考えがなくなったのは教育の成果だと思いますね。やっと世間に私が追い付いてきたのかもしれません。

でも、心の片隅には、男は男らしく、女は女らしく、という思いがあります。ただ、ジェンダーについて、そういう捉え方があるということが理解できるようになりました。

藤掛先生の授業を通じて、私の中で「貧困問題」と「環境問題」が「平和学」と結びつき、生涯を通じて学びたいテーマへと大きく育っていきました。

藤掛先生はその後、横浜国立大学へと移られましたが、それからもパラグアイに学生と一緒に同行させていただいたりと、交流が続いています」

毎年変わる英語の講義内容

高橋さんの最初の1年はあっという間に過ぎた。恩師や一緒に学んだ学生に囲まれて、地球市民研究「平和教育」プログラムを修了した認定証を受け取った時は本当にうれしかったという。

地球市民研究「平和教育」プログラムの認定証

さあ、これからどうするか、と考えた高橋さん。大学の公開講座やカルチャースクールで学ぶのもよいけれども、数回受ければ終わってしまうし、また同じ内容の繰り返しになるのもつまらない。正式に大学院に入学することも考えないではなかったが、論文を書くとなるとストレスもたまるし、ほかにもやりたいことがある。

そして選んだのが、科目等履修をもう一年受講する、という選択だ。

「受けるカリキュラムの内容は年によって変わるのです。一番わかりやすい例が英語で、私は相京美樹子教授の授業を受けていますが、ある年は社会言語学、ある年は異文化コミュニケーション(翻訳)、そして今年は「同時通訳」を学んでいます。

これが本当に面白いんですよ。似たものに、相手が話し終えたところで訳す「逐次通訳」がありますが、「同時通訳」と「逐次通訳」はまったく別物で、相京先生に言わせれば、同時通訳ができるようになれば英語がわかる、っていうんです。こんなふうに英語ひとつとっても毎年内容が変わるので、まったく飽きません」

このように科目等履修を毎年受けるという形が最も自分に適していた、という高橋さん、今年は9年目を迎えている。

この9年の間、高橋さんはフィールドワークで松井ケティ先生と内モンゴルを訪れ、環境汚染の現場を体験し、藤掛洋子先生とはパラグアイに行き貧困の問題に直面した。そうした経験と学びを通じて、いま、高橋さんには生涯取り組む研究テーマともいえるものが生まれてきたという。

それは、「もし次の戦争が起こるとすれば、それは貧困と環境問題から起きる」とうことだ。

(「元航空自衛官『次の戦争は貧困・環境問題から起こる』」に続く)

清泉女子大学本館で語る、高橋さん

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