元『海燕』編集長が紐解く小川洋子のフェティシズム

小説教室入門(基礎編)@早稲田大学エクステンションセンター

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異形や奇矯なものへの偏愛

たとえば、1988年に発表して海燕新人賞を受賞した『揚羽蝶が壊れる時』。これは、認知症の祖母と精神を病んでいく母を、娘の視点で描いたストーリーです。続く1989年の『完璧な病室』は死の床にある弟の担当医に恋をする姉の話です。1990年の『冷めない紅茶』は友達のお通夜で再会した男の子・K君と主人公の話。彼が入れてくれた紅茶はいつも冷めない。そのことから、彼はこちら側の世界の人間ではないことに気がつく……というストーリーです」(根本先生、以下「」内同)

また、芥川賞も受賞した『妊娠カレンダー』(1991年)では、妊娠した姉の様子を、嫌悪をもって見守る妹の姿を描いている。さらに、『ドミトリイ』は、行方不明になってしまったいとこが、実は義足の幼女を迎えていることを知った女性の物語。続く『シュガータイム』は、過食症の女性の日記が綴られる。『余白の愛』は、かつて難聴だった女性が「難聴をいかにして克服したか」を語る座談会に参加して出会った速記者の男性との交流を描いた作品だ。

「小川さんの歴代作品を見ていくと、どれも共通するものがある。それは、異形や奇矯なものへの偏愛やフェティシズムです。

小川洋子さんの代表作といえば、2003年に発表された『博士の愛した数式』をイメージする人も多いですが、あれは従来の小川さんの作品にハートウォーミングな要素をプラスして、よりソフトな世界観に昇華させたもの。だからこそ、従来の小川さんの作品よりも、より多くの人に受け入れられたのでしょう。ただ、あの『博士の愛した数式』に関しても、博士の持っている記憶障害や数字へのフェティシズムなどが相変わらず登場しています。

小川さんの作品は、すべて自分が言葉で作った世界であって、独特なもの。リアリズムを求めて読むというよりは、小川さん自身が作った世界観に浸りながら読むほうが、楽しめるのではないでしょうか」

受講者の私小説へのアドバイスも

授業内では、受講生たちがほかの受講生が執筆した小説を読み、品評するという場面も。小説の提出の有無や形式、テーマ等はすべて生徒の裁量に任せられているという。

原稿用紙1枚ほどの短編から、100枚近い大作を持ってくる人など、分量は人それぞれで、テーマも私小説風のものから歴史小説まで幅広かった。こちらも、受講生が一人ずつ原稿について品評した後、根本先生が最後に感想やアドバイスを丁寧に伝えていく。

当日、講義に参加していた70代女性は「授業に参加する人は、趣味として文章を書きたいという人から、本格的に新人賞を狙っている人までさまざま。ただ、どちらにせよ、プロの編集者である根本先生から、自分の書いた小説についての講評がもらえるのは非常に貴重な経験です」と語っていた。

〔受講者の今日イチ〕 一流編集者から自作小説へのアドバイスが受けられるのは貴重な体験」との声。

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取材講座データ
小説教室入門(基礎編) 早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校 2016年度秋期

2016年12月3日取材

文/藤村はるな 写真/Adobe Stock

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