ノーベル物理学賞「重力波の検出」何がどうスゴい?

【Interview】桜井邦朋 神奈川大学名誉教授に聞く宇宙の話

2017年ノーベル物理学賞は「重力波を検出」したアメリカ人研究者に贈られた。100年前にアインシュタインが存在を予言したという重力波とはいったいどんな波なのか? 宇宙創生の謎を解くカギになるともいわれる「重力波の検出」について、宇宙物理学者の桜井邦朋先生(神奈川大学名誉教授)に訊いた。

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時空のゆがみのイメージ

2017年ノーベル物理学賞は「重力波を検出」したアメリカ人研究者に贈られた。100年前にアインシュタインが存在を予言したという重力波とはいったいどんな波なのか? 宇宙創生の謎を解くカギになるともいわれる「重力波の検出」について、宇宙物理学者の桜井邦朋先生(神奈川大学名誉教授)に訊いた。

ノーベル物理学賞の立役者「LIGO」って何?

2017年ノーベル物理学賞を受けたのは、重力波の観測施設「LIGO(ライゴ)」チームを率いたレイナー・ワイス氏(マサチューセッツ工科大学名誉教授)、バリー・バリッシュ氏、キップ・ソーン氏(いずれもカリフォルニア工科大学名誉教授)の3名だ。

LIGOは長さ4㎞のトンネル状の筒を2本、L字型に組んだ巨大な観測検査器。ブラックホールの合体から発生した重力波のキャッチに成功したと、2016年2月に発表された。

さて、この件について多くの人は2つの疑問を抱くのでは。

ひとつはそもそも「重力波」とは何かということ。もうひとつは、その検出が意味することは何かである。

アインシュタインの一般相対性理論の正しさがようやく実証された

まず重力波とは何か。

質量を持つ物体が存在すると、そこに重力が生じる。重力が生じると時空間はゆがむ。物体が動くとそのゆがみが周りに広がっていく。この「時空間のゆがみ」が重力波だ

重力波の存在を100年前に予言した人がいる。物理学界の大天才、アインシュタインである。1915年から16年にかけて発表した一般相対性理論において、彼は重力波の存在を予測していた。宇宙物理学の世界では、重力波の検出は、アインシュタインからの「最後の宿題」と呼ばれていたという。

桜井先生はこう語る。

「アインシュタインの重力理論の正しさが実証されました。つまり一般相対性理論が正しかったことがようやく実証されたことを意味します」(桜井先生。以下「 」内同)

13億光年離れた2つのブラックホールから

現代物理学は、アインシュタインの一般相対性理論を基に発展してきたと言っても過言ではない。しかし一方で、一般相対性理論はその名のとおり理論であり、実際に確かめることはできなかった。そのため、その正しさに関して、一抹の疑念が、まったくなかったわけではない。実証できない以上、それが科学的な態度である。だから桜井先生は「ようやく実証された」と言ったのである。これだけでも重力波検出の意味の大きさがわかる。

「ブラックホールみたいなものがあってもおかしくない、ということです。あれは空間の大きなひずみそのものです。宇宙空間に、そういうひずみがあることが実証されました」

ブラックホールはすでによく知られているが、実際にこれを見た人はひとりもいない。ブラックホールもまた理論的な存在だった。その存在を裏づける間接証拠はいくつも観測されてはいるものの、光が外部空間に出てこないため見ることはできない。だから暗黒の空間「ブラックホール」なのだ。

だが、今回ノーベル賞の研究対象になった重力波は、実際に地球から13億光年離れた2つのブラックホールの合体によって解き放たれたものだった。

地球・太陽の距離で水素原子1個分を動かす程度の小さなものを

重力波もブラックホールも、その存在は十分に予測され、理論上の裏づけもあった。しかし、なぜそれがこれまで実証できなかったのだろうか。桜井先生は重力波をキャッチした検出器について、こう語る。

「すごいと思うのは、LIGOの実験施設ですよ。長さ4㎞もある検出器です。どうしてそんなに長いものが必要かというと、重力波の信号がとてつもなく小さいからです。重力波が地球に届いたときの信号は、10の21乗分の1ぐらい。そんな小さなものを捕まえられる実験装置を造ったってことが、まずすごいんですよ」

10の21乗分の1とは、地球・太陽の距離で水素原子1個分を動かす程度のものだという。想像を絶する天文学的な小ささだ。

宇宙の起源の謎が解き明かされる可能性が開いた

重力波の検出の意義はそれだけにとどまらない。宇宙はいつ、どこで、いかに生まれたのか? このなぞを解く手がかりが見つかるかもしれないという。

宇宙創生については現在主流になっている理論は、始まりの数秒の間にものすごい膨張があって宇宙が生まれたとする「インフレーション理論」である。

「インフレーションが急上昇して物質が生まれ、宇宙が誕生しました。物質が在るということは質量が生じるということです。そこに重力が生まれ、重力波が生じます。この宇宙初めの重力波が、ゆるやかな波動になって宇宙に広がっていきます。宇宙が生まれて138億年ほど経ちますが、その間、宇宙はずーっと光速と同じくらいの速さで膨張してきています。ということは、はじめの重力波が、宇宙空間にバックグラウンドのように残っている可能性があります。今も宇宙のどこかに初めの重力波が存在し、それがやがて地球に届く可能性があるわけです」

LIGOが検出した重力波はブラックホールの合体から生まれたものなので、重力波はブラックホールのある方向から地球に届いた。しかしもし、宇宙のはじまりの「原始重力波」が地球に届くとすれば、それはあらゆる方向から届くはずだ。

「もし原始重力波が検出されれば、宇宙で初めにできた物質が何だったのかを知る手がかりになるでしょう。宇宙で初めにできた物質は、陽子や中性子といったものではなく、“ヒッグス粒子”と呼ばれるものです。これがどんな物質だったのか、まだわかっていません」

ヒッグス粒子も理論上の存在である。ピーター・ヒッグスというイギリス人によって理論が構築され、こちらも2013年にノーベル物理学賞を受賞している。

「ヒッグス粒子はもう宇宙からぜんぶ消えているので観察できないのです。でもヒッグス粒子によって、今の物質世界ができあがっているのですよ。だからもしヒッグス粒子を実験的に再現できれば、宇宙の進化の過程がどのようにあったのか、宇宙の謎を解く手がかりになるんじゃないでしょうか」

重力波の検出は、人類の夢である宇宙誕生の謎を解く可能性を開く、まさしくノーベル賞にふさわしい画期的な偉業だったのである。

*桜井先生は来年1月、神奈川大学公開講座で、「宇宙線はどこで生まれたか」と題する8回の講座を開催予定である。

桜井邦朋
さくらい・くにとも 神奈川大学名誉教授、早稲田大学理工学術院総合研究所招聘研究員
1956年京都大学理学部卒業。理学博士。1968 年NASA ゴダード宇宙飛行センター上級研究員。神奈川大学では工学部長、学長を歴任、2004年より現職。専門分野は高エネルギー宇宙物理学、太陽物理学、宇宙空間物理学。著書に『生命はどこからきたか――宇宙物理学からの視点』(御茶の水書房)、『ニュートリノ論争はいかにして解決したか』(講談社)等多数。

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取材・文/佐藤恵菜 写真/(c)grafonom / fotolia

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