イタリアとフランスを巡るバレエとオペラ、その秘密

上智大学文学部フランス文学科 澤田肇教授によるオペラ講座(その1)

オペラとバレエ。ヨーロッパを代表するこの二大舞台芸術を総合的に鑑賞する講座「世界五大歌劇場から見るオペラとバレエの世界―都市の歴史と舞台の未来」がこの秋、上智大学で開催されている。そこで、同講座講師を務める澤田先生に、芸術の粋であるオペラとバレエについてとっておきの話を聞いた。

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上智大学文学部フランス文学科 澤田肇教授

オペラとバレエ。ヨーロッパを代表するこの二大舞台芸術を総合的に鑑賞する講座「世界五大歌劇場から見るオペラとバレエの世界―都市の歴史と舞台の未来」がこの秋、上智大学で開催されている。そこで、同講座講師を務める澤田先生に、芸術の粋であるオペラとバレエについてとっておきの話を聞いた。

日本人はオペラとバレエを分けて考えるが、バレエはオペラの必須要素

「日本だとオペラファンとバレエファンははっきり分かれています。しかしヨーロッパでは、もともとは宮廷の芸術・娯楽として、オペラもバレエも必須のものだったんです。とくにフランス・オペラの中には必ずバレエのシーンがなくてはならない、ということになっています」と澤田先生は開口一番語る。

じつは記者もオペラファンではあるが、バレエはほとんど見たことがない。オペラは歌と舞台を楽しむもの、バレエは肉体美と超人的舞踊を楽しむもの、とついつい頭の中で分けて考えてしまっている。しかしそれが間違いなのだと澤田先生は説く。そこでバレエの起源から紐解いて解説してもらうこととなった。

じつは料理もイタリアからフランスに持ち込まれ……

「ヨーロッパの宮廷には古くから、バレエの起源となるような踊りの要素がありましたが、いま私たちが想像するバレエに近いものは、じつは1533年、イタリア・フィレンツェのメディチ家からカトリーヌ・ドゥ・メディシスがフランス王室の第2王子オルレアン公アンリ・ド・ヴァロワ(後のアンリ2世)に嫁いできた時、持ち込んだものが発展したものです。

メディシスは、イタリアからさまざまな文化をフランス王室に持ち込みました。たとえば料理やファッションなどもそうです。いま私たちがフランス料理として知っているものは、じつはイタリアから持ち込まれたイタリア料理がもとになっています。それをもとにしてフランスで化学的変化が起きて、フランス料理という新しい料理が出来上がってくるんですね」(澤田先生。以下「 」内同)

バレエの話も飛んでしまうほどの衝撃。フランス料理のオリジンがイタリア料理だったなんて。頭の中でピザとテリーヌが目まぐるしく交代するが、まあとりあえず話をバレエに戻そう。

「イタリアは都市国家で都市同士が張り合っていて、それは催し物などの娯楽面でもそうでした。その中にバレエのもととなるような踊り方があり、それをメディシスはフランス王室に持ち込んだのです」

そして出来上がったのが舞台芸術としてのバレエだった。当時のバレエは現在私たちが知っているバレエとは大きく違っていた。一言でいうと、無言ではなかったのである。合間に詩の朗読があったり、お芝居があったり、歌と踊りと演技が交じり合っていた総合的なスペクタクル(大がかりな出し物)だったという。

ルイ14世は本当に“踊る王様”だった

バレエを愛したことで有名な王様が、ルイ14世(1638-1715年)だ。ルイ14世は“踊る王様”と呼ばれたが、舞踏会が好きだっただけでなく、バレエダンサーとしても活躍したという。実際、ルイ14世のためにバレエ作品の作曲をしたのが、フィレンツエ出身の作曲家ジャン=バティスト・リュリ(1632-1687年)である。

こうして特別な行事の時には、王様自身がバレエを踊り、幕間にラシーヌの悲劇が演じられ、さらには花火もある、山車の行列がある、といった1日がかり2日がかりの大規模なスペクタクルが繰り広げられたという。つまりバレエは、総合的なエンターテインメントに欠かせないものとしてフランス王室に定着したのだった。

パリ・オペラ座の創設でプロフェッショナル化が進む

リュリはイタリアに発祥したオペラを発展させて、フランス・オペラを完成させた人物でもある。ここにオペラとバレエは融合し、総合的な舞台芸術となった。それを演じる舞台が、ルイ14世の勅許を得て、リュリが創設したパリ・オペラ座である。こういった場所ができたことで、オペラとバレエのプロフェッショナル化が進んだ、と澤田先生は語る。

「パリ・オペラ座バレエ学校は、バレエのプロを育てるために1713年に設立された世界で最古のバレエ学校です。これをもってパリ・オペラ座はヨーロッパ初のオペラとバレエの殿堂となったのです。他国、たとえばイタリアでは17世紀後半から18世紀末までは、カストラート(高音を出すために去勢された男性歌手)の天下でした。彼らは歌の技巧で聴衆をうならせる名手でした。そのため、オペラの中でバレエは、それほど重視されていなかったと思います」

なぜドイツの歌劇場が入っていないのか

講座タイトル「世界五大歌劇場から見るオペラとバレエの世界―都市の歴史と舞台の未来」の「オペラとバレエの世界」については、おぼろげながらもその示す世界がわかってきた。次に気になるのが「世界五大歌劇場」について、である。

「今回取り上げる世界五大歌劇場とは、ウイーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(コヴェント・ガーデン)、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場、この5つを取り上げます。1講義につきひとつの歌劇場を取り上げ、その歴史や特質、特筆すべき演目を紹介していこうと思っています」

ひとつ疑問がわいた。なぜドイツの歌劇場が入っていないのか。

「今回は『オペラとバレエの世界』と銘打っているので、オペラとバレエの両方のレベルが高いかどうかがひとつの基準になっています。また、舞台芸術の歴史を作ってきたか、舞台の未来を作るメッセージを出しているのか、についても考慮の条件としたところ、上の5つの歌劇場に絞ったのです」

オペラとバレエというヨーロッパ発祥の豪華な総合舞台芸術に、上っ面ではなくしっかり深部から触れられるこの講座「世界五大歌劇場から見るオペラとバレエの世界―都市の歴史と舞台の未来」は、11月16日まで受け付けている。

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◆取材講座:「世界五大歌劇場から見るオペラとバレエの世界─都市の歴史と舞台の未来」

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取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子)

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