【憲法を考える】戦争末期「憲法上の権利を要求せよ」とアメリカがビラに記した理由

日本国憲法を考えよう

「男女共同参画」のありようをその根本の理念となる日本国憲法から考えることを提案する日本女子大学の公開講座で、講師の伊藤真弁護士は日本人が憲法をよく理解しているとはいえない現状について語った(「国民の権利は主張し続けないと失われかねない」)。私たちが憲法に記されている“国民の権利”についてよく理解することは、国が戦争に進まないように監視することにもつながるという。

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日本国憲法前文 (c)soraneko_Fotolia

「男女共同参画」のありようをその根本の理念となる日本国憲法から考えることを提案する日本女子大学の公開講座で、講師の伊藤真弁護士は日本人が憲法をよく理解しているとはいえない現状について語った(「国民の権利は主張し続けないと失われかねない」)。私たちが憲法に記されている“国民の権利”についてよく理解することは、国が戦争に進まないように監視することにもつながるという。

「戦争に負けて貧乏で暮らしたいのですか」

伊藤弁護士は講演の中で、戦時中、米軍が日本の上空から撒いたビラをスライドで見せた。これは、昨年6月に92才で亡くなった大田昌秀元沖縄県知事が設立した「沖縄国際平和研究所」(現在は閉鎖)で見たものだという。2枚のビラに書かれていた内容は以下のとおりだ(一部、漢字を常用漢字に変え、カタカナを平仮名に変えるなど、表記を読みやすく変更した)。

憲法上の権利を要求せよ

明治大帝によって宣布された大日本帝国憲法は次の如き権利を全ての日本国民に保障している。
日本臣民は居住及び移転の自由を有す。
日本臣民は許諾なくして住所に侵入せられ及び捜索せらるることなし。
日本臣民は信書の秘密を侵さるることなし。
日本臣民はその所有権を侵さるることなし。
日本臣民は信教の自由を有す。』

裏に続く。

『住民はこの戦争に対してどんな義務がありますか

一、皆さんは戦争に行きたかったのですか。
二、皆さんは勝つ見込みのない戦争をしたいのですか。
三、戦争に負けて貧乏で暮らしたいのですか。
四、戦争で死んで行きますが、これらの若い人びとをなくして皆さんはこれからどうして暮らしていきますか。
五、皆さんはこの戦争で何かを得ることがありますか。
六、日本の軍部は、皆さんの島を安全に守ってくれていますか。また少ししか残っていない男の人を戦争に送っているのではありませんか。
七、この戦争は皆さん方の戦争ですか。それとも皆さん方を何十年も治めてきた内地人のせん動と思いますか?』

このビラをスライドで見せながら、伊藤弁護士は「当時、このビラを受け取って、その意味がわかった人がどれくらいいたでしょうか」と問いかける。

憲法は何に制限をかけるものなのか

現行の日本国憲法とは比較の対象にならないほど国民の権利が弱かった大日本帝国憲法ですら、このような権利が保障されていた。それを自覚させようとビラを撒いたのだ。もし今私たちが何らかの戦乱に巻き込まれるような事態となり、「皆さんはこの戦争で何かを得ることがありますか」と問われた時、立ち戻るべきところは何かと考えると、やはりそれは憲法なのだろう。

伊藤弁護士は次のように語る。

「皆さんは、憲法というと、国民を縛るものと思っているかもしれません。しかしそれは大きな間違いです。これは憲法99条と12条を読むと理解できます。

99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

99条には、あえて国民が入っていませんね。つまり、国民には憲法を”守る”義務を課していないのです。なぜなら私たちは憲法を“守らせる”側にいるからです。国民が国家に守らせるための命令書、それが日本国憲法なのです。戦時中撒かれた米軍のビラは、そのことを物語っているのです。

また、12条に書かれているように、政治家を含む公務員に憲法を守らせるため、国民は不断の努力をするように憲法は求めています。そもそも憲法が国を縛るものであるということは、憲法の先駆けとなった、1215年制定の「マグナカルタ」からそうなのです。これは当時の貴族たちが国王の権限を制限するために作ったものです」(伊藤弁護士。以下「 」内同)

多数決は憲法と対立することも

「ではなぜ憲法は国家権力を制限するのでしょうか。民主主義がきちんと広まっていれば、憲法で国家権力や公務員を縛る必要はないのでは?という意見も出てくると思います。

そこに必要なのが〈想像力〉です。民主主義というと多数決を思い浮かべますが、果たして多数決がすべて正しいのでしょうか。たとえば、掃除当番を決めなければならない時、誰か1人にその役を押し付けようとして多数決で決めてしまったとします。この多数決は正しいでしょうか? 違いますよね。まさにこれこそ憲法の定める“人権”を無視したやり方です。

つまり憲法は、民主主義下であっても生じる、強者による弱者への理不尽、これ歯止めをかけるために存在しているのです。多数意見でも奪えない価値、それが人権平和です」

伊藤真
いとう・まこと 弁護士・伊藤塾塾長・法学館法律事務所所長
1958年生まれ。1981年に司法試験に合格、1982年東京大学法学部卒業。法学館法律事務所を設立し、所長を務める。憲法や法律を使って社会に貢献できる人材の育成を目指し、1995年伊藤塾を開塾。また、書籍・講演・テレビ出演などを通して憲法価値の実現に努めている。NHK「日曜討論」「仕事学のすすめ」、テレビ朝日「朝まで生テレビ」などテレビ出演多数。『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか―48歳からはじめるセカンドキャリア読本』『私たちは戦争を許さない』等著書多数。

◆取材講座:「男女共同参画社会に向けて──働く女性の人権を守る弁護士の立場から」(日本女子大学公開講座)

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取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)

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