「私たちの視覚は化学反応」─大学のサイエンスカフェで学ぼう

サイエンスカフェ@大阪大学総合学術博物館

視覚からかなりの情報を得る私たち人間は、視力がほかの生物に比べて発達しているといわれる。では、光はどのようにして感知されるのだろうか。光を認識する力は、実はタンパク質のおかげらしい。

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物を見る──これもタンパク質の化学反応のひとつ。(c)vicu9/Fotolia

視覚からかなりの情報を得る私たち人間は、視力がほかの生物に比べて発達しているといわれる。では、光はどのようにして感知されるのだろうか。光を認識する力は、実はタンパク質のおかげらしい。

速さと正確さを兼ね備えたレチナールの反応のすごさ

大阪大学総合学術博物館で開催されているサイエンス・カフェ第140回のテーマは、大阪大学大学院理学研究科教授の水谷泰久先生による「タンパク質の不思議への挑戦」。タンパク質の多様な世界に踏み込む刺激的な講義で、タンパク質が私たちの「視覚・色覚」に大きくかかわっていたということにも驚かされた。私たち人間の目の「見え方」も、化学反応によって動いているのである。

私たちの網膜には、ロドプシンという色素がある。これはオプシンというタンパク質とレチナールが結びついてできたもので、レチナールは、光を吸収すると構造が変化する。その刺激が視神経を通って脳に伝わり、光を感じることが出来る。これが、視覚で起きる最初のできごとだ。

レチナールが光を吸収して変化することを、「光異性化反応」という。驚くべきことに、この反応にかかる時間は、たった0.2ピコ秒(2×10ー13秒)! 生体内で起こる化学反応のうち(というか、たいていの化学反応の中でも)最も速いのだという。

ちなみにこの「ピコ秒」を仮に1秒に置き換えてみると、1秒は3万年にもなるという。3万年前というと、フランスのラスコーなどでクロマニョン人によって洞窟画がせっせと描かれ、日本やアメリカ大陸に人類がやっと広がっていった頃だ。「ピコ秒」の短さをあらわすこの置き換えを聞くと、どんな速さで光の情報が処理されているのかが想像できる(いや、できないか。話が壮大すぎて!)。

さらにいえば、私たちの目はデジタルカメラと考えると、とてつもなく高性能なものなのだそうだ。レチナールの異性化反応は光を吸収した場合のみに起こり、熱を吸収しても全く起こらない。つまり、光のみを信号として拾ってくる。しかし、デジタルカメラなどの半導体素子を使った光検出器だと、わずかな熱反応も信号として拾ってしまい、結果としてノイズが入り込んでしまうのである。

ところで人間はビタミンAが欠乏すると、暗いところでものがよく見えなくなる「夜盲症」になる。これは、レチナールがビタミンAから作られるためだ。ビタミンAが不足すると、レチナールが作られなくなるため、光を感知出来なくなるというのだ。病気も化学反応が原因という話に、受講生は誰もが化学のおもしろさを実感したようだった。

赤い丸を10秒見つめると……

さて、光の次は色だ。色を感じる物質は色覚視物質といい、人間は主に3種類の色覚視物質を持っている。主に青色を吸収するもの、緑色を吸収するもの、赤色を吸収するものの3つだ。

講義ではここでひとつの実験が行われた。スライドに赤い丸が描かれており、それを10秒間見つめるように指示される。

白地に赤丸

その後、真っ白いスクリーンを見てみると……。

白地

白い画像の中に、ぼんやりと青っぽい丸が見えただろうか。

これは、赤い光ばかりを見続けたことにより、赤色を吸収する色覚視物質ばかりが反応し、色の認識のバランスが崩れるために、このように見えるらしい。ネットなどでこうした目の錯覚ネタが紹介されているが、これらも化学反応によって起きているとは……! 

ちなみに、女性の中には、色覚視物質を4種類持っている人がたまにいて、そういう人は通常より多くの色を識別出来るらしい。

では人間以外の動物はどうか。たとえばウシの場合はタンパク質の種類が少なく、そのため色を識別できないという。え!? ということは、つまり闘牛士が振っている赤いマントは何のため? じつは赤色で興奮しているのは、ウシではなく人間のほうだという……。

赤色で興奮しているのは、ウシではなく人間のほう

人体の仕組みも突き詰めていくと、授業で習ったような化学式にたどり着く。今まで、単なる数式や記号だと思っていた化学が、突然身近に感じられる。こうした体験によって、化学の道を選ぶ子どもや中高生が出てくるなら、それこそ、サイエンス・カフェの本懐ではないだろうか。

◆取材講座データ:サイエンスカフェ「タンパク質の不思議への挑戦」(大阪大学総合学術博物館)

文/和久井香菜子 写真/まなナビ編集部、(c)koti、(c)Tilio & Paolo / fotolia

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